惑星のさみだれ6巻と単純な物語の話


 「太朗くん 見ててね」

 

惑星のさみだれ 6 (ヤングキングコミックス)

惑星のさみだれ 6 (ヤングキングコミックス)


 <以下盛大にネタバレ含みますので未読の方は注意>





 うおおおおおおおッ!!太朗おおおおおおお!!花子おおおおおお!!




 えーと、今日は完全に読んだ人向けに書きます。興奮しているのでちょっと文章が粗くなりますがそれも止む無し。もう書かずにはいられません。読んでない人は光速で本屋に走って6巻を買ってきて下さい。6巻、最高です。とんでもない出来です。


 実際、これほどまでに燃え泣いたのは久しぶり。5巻までも相当に面白かったですが、この6巻で完全に自分的脳内で殿堂入りが確定しました。

 以前も似たような事を書きましたが、自分は常々「シンプルな話や台詞にどれだけの重みを与えられるかが、優れた創作者か否かの目安となる」と思っています。そういう意味において、水上先生は相当に優れた創作者であることを、6巻では心底思い知らされました。

 その辺の事をちょっと書いてみます。

 まずは6巻の軸になってる話を単純な文章に起こしますと、

 太朗と花子は幼馴染。太朗は花子が好き。

 太朗が命を張って花子を助けた。

 花子は自分の技に太朗の名前をつけた。

 花子はその技で太朗の仇を討った。

 それだけの話。名前が「太朗と花子」なだけに、尚更平板な印象になります。


 では次にそのキーとなる台詞を抜き出してみますと、

 太朗「すきだ」  花子「しってる」

 花子「太朗くん 見ててね」

 
 それだけの言葉。誰でもわかる単純な言葉。


 奇をてらった話でもありません。小難しい台詞でもありません。どこにでもある言葉で、どこにでもあるような物語を紡いでいるだけです。

 なのに、この物語はこんなにも烈しく心を揺さぶります。いや、逆に言うならそういう単純な構造で描かれているからこそ、物語の面白さ・熱さがストレートに伝わるのです。

 ちょっとその辺を説明してみます。

 人間は物語を読む時、脳の力を使います。それは紙の上に印刷された白と黒の模様を、脳内で意味のある物に変換するための力。絵を読む力、字を読む力、それを理解する力、自分の経験や性格に照らし合わせる力…等々といった力は、物語を読んでいる間中ずっと使われています。そして例えば台詞が難解なら、そこに大きな力を加えるでしょう。物語が難解なら、読み返したり考えたりして理解しようと努めるでしょう。

 しかし単純な台詞や物語は、そこに負荷がかかりません。そのため、読者は余った力を「感情移入」や「表情の読み取り」といった「物語そのものを味わうこと」に多く振り分ける事が出来ます。従って、より深く感動や泣きや燃えを読者に与えることが出来ます。


 でも、だからと言ってシンプルな言葉と物語を描きさえすれば即ち良作かというと、そう簡単には行かないのが創作の難しい所にして面白い所。そこで重要になってくるのが、そのシーンに至るまでに積み重ねられてきた人物の描写です。


 正直、太朗と花子の出番が多かったかと言うと、同じ騎士で言う所の三日月や南雲さんや白道さんに比べれば(二人が後発という事もあって)、少ないと言って良いでしょう。

 しかしそれでも、要所要所で語られた太朗と花子の物語は、6巻の展開を燃えさせるのに十分な材料を持っていました。

 ・太朗と花子が幼馴染である事。
 ・家が隣同士で窓越しに会話出来る事。
 ・花子は何を考えているかわからない所がある事。
 ・太朗が花子を好きな事。
 ・花子は能力に名前を付けていない事。
 ・騎士の契約で太朗が「花子を回復させる事」を望んだ事。
 ・そのために、最悪は自分の体を張る事まで覚悟している事。

 それらは全て、太朗の死や、その間際での花子への告白、花子の掌握領域の名前、花子の号泣しながらの仇討ちの場面で活かされます。

 逆に言えば、その過程と結果の整い方を見るにつけ、太朗の死は物語上で「望まれた死」「あるべき死」であるとも言えます。ちょっと意地の悪い言い方をすれば、太朗というキャラは「劇的に死ぬために」、そして花子は「その力と意思を受け継ぐために」生み出され、そこに限定されて描写されてきたからこそ、これだけ読者を揺さぶる事が出来たのだと思います。

 
 それを恣意的に過ぎると感じる人もいるでしょうし、ありがちだと一蹴する人もいるでしょう。
 

 しかし自分のように単純な人間はまんまとそれに引っ掛かって燃えて泣いてしまいます。

 でもこの「受け継ぐ事=五月雨*1」こそが、この「惑星のさみだれ」の描きたいテーマだと思いますので、それを素直に楽しめる自分は単純で良かったなあ、とつくづく思うのです。


 「選ばれしバカ達*2」、万歳。


  • 過去記事

 →「惑星のさみだれ」のタイトルの意味

 →惑星のさみだれ 5巻 感想

 →惑星のさみだれ 1〜3巻 感想

 

  

*1:詳細は過去記事「惑星のさみだれのタイトルの意味」を参照

*2:6巻P.15より引用