また大雪なので
今日もまた大雪。今週は高速道路止まる事多くてちっとも営業活動が出来やしない。
というわけでまた雪にちなむ話を紹介。
パイナップルARMY (Operation 6) (小学館文庫)
- 作者: 工藤かずや
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 1996/03/01
- メディア: 文庫
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浦沢直樹の初期名作「パイナップルアーミー」の中の一編「暗い日曜日」に出てくる雪景色がとても印象深く、この作品の中でもお気に入りの話の一つだ*1。
主人公ジェド・豪士の傭兵仲間キースは25歳の若さで戦場に散った。彼が好きだったのは「暗い日曜日」というシャンソンと、雪。
彼は言う。「雪はゴミタメみたいなこの世の中を化粧して一瞬なりとも美しく見せてしまう。だから俺は雪が大好きだ」と。
彼は事実ゴミの山に埋もれたボロ家で、飲んだくれの親父とアバズレの母親と幼少時代を過ごした。同じ屋根の下に他の男を引っ張りこむ母親、それを見ても無関心で酒をあおるばかりの父親、ゴミの山と腐った沼地に囲まれたトタン屋根のボロ家…少年のキースはそんな中で自分は一生このゴミタメのような世界から抜け出せないんじゃないかと思い、陰鬱な毎日を過ごす。
しかしある日、その地域にとっては奇跡に近い確率で雪が降って、みるみるうちにゴミの山もボロ家も真っ白に塗り潰してしまう。雪を初めて見た彼は驚き、また彼の両親もそれを見て仰天し、そして顔を見合わせて、子供のように笑った。
彼は言う。「だから俺は雪が大好きだ。俺も、雪みたいな人生を送りたい…」
ストーリーはそんな所。特に良いのは、雪が降ったときに笑いあう両親の姿と、それを見て少年時代のキースが笑顔になるシーン。雪というのはそこの土地では奇跡みたいなもので、彼らは普段は憎みあっているかお互い無関心な関係なのに、その奇跡を共有体験している瞬間だけは同じものを見て、同じものに感じ入っている。それは雪景色を見た事で夫婦の関係が回復したというよりも、奇跡を共有する事で単純に人間として「繋がった」気がする事が嬉しくて、つい笑みがこぼれるのだろう。(逆に言えば、普段は同居していながらも彼らはそれだけ孤独なのだ、とも言える)
そしてキースは「雪みたいな人生を送りたい」と言った。これは自分が近くにいる時だけでも、周りの人間に「孤独なんかじゃない」と思って欲しかったという事だろう。あるいはただ、嫌な事を忘れて笑顔でいて欲しいと思っていたのかもしれない。
いずれにせよ彼は雪だるまを作る時も、戦場のただ中でも、死の直前でさえ、人懐っこい笑顔を絶やさなかった。
しかし、雪はいつか必ずとける。彼もまた25歳の若さで戦場に散ってしまった。それでも未亡人となった彼の妻とジェド・豪士は言う。「私達、あなたの事一生忘れない…」と。
そう、結局の所どんな奇跡も楽しい事も隣の誰かの人生も、所詮は雪のように儚い一瞬の事。しかし重要なのは、その一瞬を忘れない事だ。人間というものは、たとえ普段は孤独でも、ある条件さえ揃えば根っこの部分で「繋がる」ことが出来る、という事を忘れない事だ。それが日々の孤独を乗り越えるための糧になる。
いやあ、良い話ですな。沁みる。
- 余談
浦沢直樹はこのテーマが結構好きみたいで、「MASTERキートン」の中でも人間達と動物がオーロラを見あげる話*2にも同じようなくだりがある*3。キートン曰く「確かに我々は孤独かもしれない。でもこの瞬間だけは同じものを見て……同じ事を感じている」と。こちらの話も良編。是非。
- 余談2
キートンもパイナップルも、普通のアクションやサスペンス仕立ての話よりも、主人公の特殊能力が出てこない、こういう日常を描いた話のほうに佳作が多い気がする。まあ、激しい本編あってこそこういう話が際立つんだろうけど。