アンダーカレント


「人をわかるって どういう事ですか?」

アンダーカレント アフタヌーンKCDX

アンダーカレント アフタヌーンKCDX


 連休中に読んで面白かった漫画その4。

 つうことで今更ながら「アンダーカレント」読みました。アフタヌーン連載時に2話分くらいは読んでたんだけど、特にピンと来るものも無く単行本が出た当時は放置。でもあちこちで漫画のレビュー読んでるとたまに出てくるタイトルなんで、ここは一つ読んどこうかと。

 家業の銭湯を継いだ主人公「関口かなえ」は突然の夫の失踪に強いショックを受け、店を閉めて呆然と過ごしていた。気持ちの折り合いがつかないまま、気を紛らわすように銭湯を再開する彼女の元に、店の手伝いとして「堀」という男がやってくる。
 昔から銭湯を手伝ってきた「木島のおばさん」、かなえの同級生の「菅野」、胡散臭いのに鋭い事を言う探偵の「山崎」、変わり者で有名な「サブじい」、そして頼りになるがどこか影のある男「堀」。主人公かなえを軸に、彼らが織り成す物語は深く静かに進行していく。まるで大きな川の底流(アンダーカレント)のようなこの物語は、最後に何処へ行き着くのか――。

 あらすじはこんな所。あんまり細かく書くとネタバレになっちゃうんで曖昧で申し訳ない。結論から言うと連載で2話読んだ程度じゃあこの作品の良さはわからんわ。今回単行本で通しで読んで「ああ、こういう漫画の描き方があるのか。漫画にはここまでの表現力があるのか」と改めて漫画という媒体の素晴らしさを認識した次第。ストーリー、構成力、絵柄全てが違和感なくまとまっているこの作品は、そう思わせるだけの「漫画の底力」に満ち溢れている。この作品のとんでもない所は「キャラ・ストーリー共、無駄なものが一つも無い」と言う所。一見わき道にそれているようなエピソードでも、最後まで読んで全体を通して見ると無くてはならないと気付く、絶妙の構成になっている。

 内容にも色々触れたい部分はあるんだけど、すぐにネタバレになっちゃうんでちょいと脇道の話を。かなり蛇足なんで上の紹介で「読みたい」と思った人は読まなくてもいい程度の内容です。



 この漫画は物語としては荒唐無稽なファンタジーでもアクションでもなく、非現実的な事は一切起こらない、どこにでも起こりうる現代の話。もちろんテレビドラマや映画に仕立て上げる事も可能なお話だ。しかし、この物語は漫画であるからこそその妙味を味わえるものだと僕は確信している。では何故この物語が漫画でなくてはならないのか?それは読者の読むスピードと再読性の為だと考える。こういう物静かで淡々と進む物語を味わおうとする時、たいていの人はゆっくりと読む。そして「ゆっくり」と一言に言っても、その実そのスピードは人によってばらばらだ。それは「心に沁み入る」「腑に落ちる」スピードが人それぞれ違うからに他ならない。小説や漫画といった能動性のある媒体―言いかえるなら自分で摂取するスピードを決められる媒体―の素晴らしい所はまさにその部分で、物語が勝手に流れていってしまう映画やテレビでは中々そうもいかない*1。そして再読性。映画やテレビは見た後すぐにもう一度見直すというのは困難だし、仮にDVDやビデオでも巻き戻したりチャプターから選んだり、と、本来であれば受動媒体―何もしなくても勝手に情報を得られる媒体―である映像に対して、能動的に動かなければならない*2。対して小説や漫画は元々が能動的な媒体であるが故に再読する時の心的負荷はそんなには高くない。むしろ「あそこってどうだったっけ」とか「あのシーン良かったよなあ」という感じで一部分を読み返したり、「よくわかんなかったからもう一回読んでみよ」というのは誰でも行っている事なのではないだろうか。
 つまり漫画というのは、こういう「何の変哲も不思議な事件も無い*3けれど、何かを心に残す静かな物語」を、摂取する人(この場合は読者)に「わからせる」「感じさせる」にはうってつけの媒体なのだ。

 ちょっと長くなってアレですが、要は「この物語が漫画で描かれて良かったなあ」って事と「漫画って本当に素晴らしいなあ」という、いつものおっちゃんの繰り言でした。



 まあそんなわけで漫画の素晴らしさを堪能するにはお手本みたいな作品です。もちろん内容も素晴らしく、終盤で伏線が回収されていく様は鳥肌ものの構成力です。本当に新人なのかこの人?

 興味を持った方は是非どうぞ。時間をかけて「ゆっくり」読む事をおすすめいたします。

  • 余談

 主人公の友人、フルネームで「菅野よう子」って…。あの「カウボーイビバップ」とか「攻殻機動隊SAC」の「菅野よう子」から取ってるのか?そもそも「アンダーカレント」ってタイトル自体ジャズの名盤から取ってるみたいだし、作者の豊田さんはそっち系が好きな人なんでしょうね。

*1:もちろん映像の素晴らしさを否定しているわけではありません。映画には映画の良さがある事は充分に知っています。念のため。

*2:そういう意味で映画を「とことん読み込む」映画マニアの人たちは偉いと思う

*3:要は映像的に目を惹くような派手な場面はない