廃墟良いよ廃墟


 ニコニコ動画で良い廃墟動画発見。



 以前から廃墟と秘密基地って通じるものがあると思ってたんだけど、それはきっと「大人がいない世界」って事なんだろうな。

 護ってくれる大人がいない怖さ。口うるさい大人がいない開放感。

 だから不安で、だからドキドキする。


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 巨大な質量の物が朽ちて自然に呑み込まれていく様は、権威主義の崩壊の隠喩として心地良く、同時に盛者必衰の理として虚無感を与える。

 大人になった(はずの)我々が「大人のいない世界」で感じる不安や寂しさは、そのあたりに原因があるように感じる。

 年齢的社会的には「大人」になったものの、護ってくれる他人も警官も会社も存在しない廃墟という異界の中では、自分がいかに無力な存在であり、同時に日常生活の中ではいかに多くのものに護られているかを痛感する事になる。
 
 しかしそもそも、我々が子供の頃に秘密基地を作ったのは、「子供だけの世界を作りたい」=「力でも言葉でも敵わない絶対的存在(=大人)から逃れたい」という気持ちが心の底にあったからではなかったか。別の言い方をすれば、子供の頃に思い描いた大人というのは、もっと「堅い」「確固とした」存在ではなかったか。


 しかし実際に自分が「大人」とやらになってみると、何の事は無い。あの頃思い描いたそれよりも、ずっと柔らかくて、脆くて、無力な存在にしかなりえていない。

 そう、結局「建造物という硬質の存在の崩壊=廃墟」を通して我々が思い知らされるのは、「子供時代に描いた「大人」という幻想の崩壊」だ。

 もっと言ってしまえば、子供時代に描いた理想と自分の現状がかけ離れている人ほど、廃墟に感情を大きく揺さぶられてしまうのではないか。


 廃墟を見るときに感じる不安や寂しさや、焦燥にも似たチリチリとした落ち着かない感情。アレはどうにもそのあたりに原因がある気がしてならない。


 そして、廃墟に感じる愛おしさもまた、確固としたものになれなかった自分自身への自己愛であり、端から見ればみっともない類の自己陶酔に過ぎないのかも知れない。また、「壊れていても良い。脆くても良い。やがて自然が呑み込んでくれる」という安心がそこにはあるのかも知れない。





 しかし、そういう構造を内包していようといまいと、やっぱり廃墟は美しい。



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 このシリーズはBGMのセレクトも写真の構図も非常に良い。見入っちゃうわあ…。